庭に春がやってきた。 立ち話をするのも申し訳ないので、縁側から茶の間にあがってもらうことにした。 紅茶の香りにまじって、桜の香りがする。色とりどりの鳥の声がさざなみのように耳を満たしていく。 紅茶、お好きですか。尋ねると、彼はするりと目を細めて、薄いくちびるに笑みを浮かべる。白い首をかしげた彼のやわらかいまつげを、こもれびがすべりおちていく。そうするとまた、桜の香りがただよう。うつくしいひと。わたしの頬をやわらかい風が撫でて、それがまるで彼の手にふれられたようで、わたしの奥底で、忘れられた恋心が、小さくやけつく。 小さなちゃぶ台を挟んで向こう側、彼の仕草のひとつひとつに、どうにも目が吸いついてしまう。白い陶器の手が、匂いをまとってのびてきて、わたしはそっと手を重ねて、あっ。 紅茶のカップが、畳の上に落ちて、鈍い水音をたてた。 ひっそりと交わしたキスは、淡雪の味がした。 ← * 110401 |