「山崎ってやつ、いたじゃん」木のベンチにもたれかかり、煙草を指ではさみながら、高校時代の親友が、ぽつりと呟いた。煙草の煙を、桜の花びらがすりぬけていく。「ああ、野球部やってた?」「そうそう」俺は、ず、と鼻をすすった。ありがたくないことに、今年から花粉症デビューである。目も痒い。煙草は吸わないが、代わりに缶ビールに口をつける。
「あいつ、死んだらしいよ」へえ。「昨日の明け方、ビルから飛び降りて」へえ。ビールを流しこんで、ごくり、と喉を鳴らし、俺は缶をベンチにおいた。「なんでまた」「さあ。人生に疲れたんじゃないか」「おれらまだ、二十歳すぎて何年なのに?」「だよな」山崎の顔が思い出せない。坊主頭だったのは覚えている。あいつ、まだ坊主頭だったのかなあ。そんなわけないか、高校卒業して何年だと思ってるんだよ、ははは。
桜の花びらがコマ送りのように散り流れていく。「おれたち、大人になったな」隣でやつがつぶやいた。指二本でつまんだ煙草を、すこし揺らしてから、ふいに二本の指を開いた。指の間からぽとりと落ちて、灰を散らした煙草を、やつは靴の裏でぐりぐりと踏みにじる。埋葬。「そうだな」花びらと砂に埋まった煙草の吸殻を眺めながら、俺は大人の定義について思慮をめぐらせてみる。



* 110408 // 110413 修正